NEWS・行動報告
以下の原稿は、「情況」2008年5月号のために書かれたものである。原稿執筆については、われわれから「情況」編集部に申し入れ、同編集部もそれを了解した。原稿は4月4日に送付し、6日にもゲラが出るということであった。ところが、いっこうにゲラが出てこないので、6日以降何度も問い合わせを行うことになった。当初は、「まだ、出てこない」という返事であったが、8日お昼過ぎの電話で、編集部員のI氏が「ゲラは出ているのだが、大下編集長が掲載を渋っている」という返事を得た。そこで、大下氏には、改めて掲載を求めるメールを出したところ、8日深夜に大下氏から「掲載できない」との返事が来た。その理由なるものは、われわれの思考では全く理解不能なものである。意味が不明なので、ここで説明することはさしひかえる。大下編集長が「情況」誌で言及すべきことと思われる。
われわれが、なぜこのような原稿を書かねばならなかったか、そして、それが何故「情況」誌に掲載を求めたかについては全て本文に記されているので、繰り返さない。この「事件」に鑑み、われわれ二人は、今後は「情況」誌への執筆を拒否する。
本稿の重要性に鑑み、原稿を緊急にここにアップする。
本稿はコピーレフトであり、転送・転載は自由である。
花咲政之輔
絓秀実
ネグリはどこに行ったか?
――3・29東大ネグリ講演会におけるわれわれの行動と姜尚中らへの批判
付・4・1早大入学式での学友不当逮捕に抗議する
花咲政之輔
絓秀実
以下、本稿で便宜上「われわれ」というところの、一方の花咲は、二〇〇一年七月に一つの頂点に達し、その後も様々な問題を惹起してきた早稲田大学サークル部室撤去反対闘争を担ってきた当該の一員であり、他方の絓は、当時早稲田大学の非常勤教員をしていたかかわりから、その闘争を支援してきた者の一人である。同闘争の現在にいたる経過については、当該のホームページhttp://wasedadetaiho.web.fc2.com/を見られたい。また、われわれが、この闘争を契機にして編集・執筆した論集『ネオリベ化する公共圏』(明石書店)も参看されたい。そこには、ネグリの協働者であるマイケル・ハートも寄稿している。
昨年、われわれはアントニオ・ネグリが来日するという情報に接した。また、来日に際しては、ネグリが早稲田大学においても講演を行うという企画が存在するということも、同時に知った(結局、開催されなかったが)。そこで、われわれは、ネグリのこれまでの思想と行動に鑑み、ネグリへの「質問状」を作成し、「情況」編集部をとおして、その質問状をネグリに渡した。当時、ネグリの日本招聘に関しては「情況」編集部が積極的にコミットしていたからである。「質問状」は「情況」二〇〇七年九・一〇月号に掲載されており、また前掲HPにもアップされている。
われわれの主張は、早稲田大学のみならず現下の日本の大学において、ネグリを招聘して講演会等のイヴェントを開催することが、いかなる意味を持っているかと問うことにある。ネグリ(+ガタリ)の著作のタイトルを用いれば、「自由の新たな空間」を切り開こうとするわれわれの運動を弾圧し、新自由主義の時代にふさわしい監視/管理体制への大学再編を目論む当局の尖兵として行動する教員のなかには、ネグリをはじめとする左派知識人の著作を肯定的に援用(紹介、翻訳etc)することで「大学人」としてのステイタスを誇示しているものが少なくない。端的に言えば、ネグリは反動的に横領されているとさえ言えるのである。そうした状況下でネグリ・イヴェントが行われるとすれば、それは、ネグリのこれまでの思想と行動に反することではないだろうか。われわれとしては、「質問状」を媒介にして、そうした状況に積極的に介入し、ネグリ・イヴェントをラディカルに組み替えることを考えた。そうすることがネグリの思想と行動に応接するにふさわしいと信じるからである。
周知のように、ネグリは日本政府によって来日を阻止された。われわれは、このことについて断固として抗議するものであり、抗議の意味も含め、また、以上略述した当初からの目論見を追求すべく、ネグリ不在のまま開催された三月二九日の東大安田講堂でのイヴェントに介入をこころみた。ネグリが「自由の新たな空間」の出現として不断に記憶を喚起するのは「一九六八年」だが、安田講堂は日本の「六八年」の象徴的な建物である。その建物で、ネグリ・イヴェントが「東京大学130周年記念事業」として行われるということは、さまざまな問題を顕在化させずにはおかないだろう。いや、顕在化させなければならないのである。
われわれ(他数名)は開催一時間前から安田講堂前にタテカンを設置、ハンドマイクを使って主張を訴えるとともに、行動の意図とネグリへのわれわれの送付済み「質問状」を印刷したビラを、集まってくる聴衆に配布しはじめた。その時、最初の奇怪な出来事があった。イヴェント・スタッフ数人(学生であろう)が、東大の警備員数人とともにやってきて、ハンドマイクの使用中止を要求してきたのである。われわれが、その要求を斥けたことは言うまでもない。当日のイヴェントのタイトル(ネグリ講演の演題)「新たなるコモンウエルスを求めて」に照らせば、また、近年、ネグリやハートが積極的に押し出している「<共>(the common)の生産」という主張に徴しても、われわれの行動は、それにかなうものであると思われるからである。
いうまでもなく、「<共>の生産」とは無差異な同一性のことではない。それは「社会的な多数多様性が、内的に異なるものでありながら、互いにコミュニケートしつつ共に行動する」(『マルチチュード』)空間を模索することであり、闘争と議論を前提とする。ネグリ来日を前に刊行された『さらば、“近代民主主義”』は、その日本語版の惹句にも、またネグリ自身の「序文」にも記されているように、聴衆からの激烈な野次や罵声と討議のなかで生まれた。ネグリは、それらの罵声や野次をも「<共>の生産」の一過程として肯定したのである。それに較べれば、われわれの行動など申し訳ないくらい穏健なものだろう。
しかし、この学生スタッフの奇怪な行動は、その後のさまざまな出来事の序曲に過ぎなかったのである。
イヴェント開催の数分前、当日の主催者の中心人物でありコメンテーターでもある姜尚中(東大情報学環教授)が到着した。われわれはビラを手渡そうとしたが、姜は受け取らないばかりでなく、タテカンを横目で見て「これは撤去できないのか」と側近の学生(?)に例のシブい低音でつぶやいたのである。さすがに、その学生は姜をたしなめていた様子だったが、われわれが、この姜の発言に驚愕し呆れたことは言うまでもない。もちろん、われわれの目的は集会破壊ではないし、姜がそそくさと入場したこともあり、その場は、マイクで批判するだけでやり過ごした。
集会が始まっても、驚き呆れる主催者側の発言が頻出する。以下、簡単に列挙・報告しておこう。
開会するや否や、主催者側学生の司会者が、「不規則発言禁止」を宣言し、続いて姜が「ネグリの思想に反するかも知れないが、不規則発言には『生政治的』に対応する」と言った(「生政治」ではなく「生権力」であったかもしれないが、姜の例の声故に聞き取り不能)。姜にも多少の疚しさがあるのであろう。しかし、それ以上に「東大創立130周年記念事業」と銘打ったこのイヴェントは、官僚的につつがなく終らせたいという意味だろう。ところで、この場合、「生政治」(「生権力」?)というのは語の濫用・誤用であり、単純に「肉体的かつ暴力的に対応する」という意味であろうが、まあ、こんな時にコジャレて「生政治」などという言葉を使ってみる姜という人には苦笑を禁じえなかった。つまり、ネグリでも呼んでコジャレた集会を企画してみたというのがミエミエではないか。ちなみに、当日のパネリストの一人である石田英敬(東大情報学環教授、後述)は、かつてbiopoliticsを「生体政治」と訳しており、この訳語{2字圏点}の方が、当日の姜の言う「生政治」のニュアンスに近い印象を与える。まあ、いいコンビだということだ。姜により好意的に考えれば、姜の言う「生政治」は、フーコーがその概念を出した時に参照した「警察学」を想起させるが、もちろん、それもきわめて俗なイメージとしての「警察{ポリツァイ}」のことである。
もう一人のコメンテーター上野千鶴子(東大文学部教授)は、「一九六八年年というのは私たちにとって、特別な年であった。その四〇年後である、この二〇〇八年に、在日と女が教授としてここに立っているのは、当時からしたら考えられないことであり、皮肉ですよね{6字圏点}」と言った。上野の発言からは、当日のその官僚的空間に対する皮肉は聞き取れないのだから、このことこそまさに「皮肉」である。
昨今の上野は『おひとりさまの老後』の著者として著名だが、その本は、すでに斉藤美奈子や金井美恵子も批判しているように、女性ロウアークラスに対する配慮を欠いた、「勝ち組」女性のイデオロギーを敷衍したものに過ぎない(上野は、その同じ二九日に、近くの中学校で、約一六〇〇人を集めて「反貧困フェスタ」が開催されていたことを知っているだろうか)。その本と同様に、上野のイヴェントでの発言は、「六八年」が提起したフェミニズムや在日の運動の今日的帰趨が「勝利」であることをことほいでいるわけだが(そういう側面があることは否定しない)、しかし、その「勝利」が、その場において官僚的空間へと変質していることに、まったく無自覚なのである。ネグリも不断に参照するドゥルーズ/ガタリは、マイノリティー問題を論じて、その多数多様性が「1」に回帰することを警戒し、常に「n−1」でなければならないと言った。その日、安田講堂の演壇に立っている二人は、まさに「1」に回帰してしまった「マイノリティー」ではないのか。
パネリストの一人として登場した石田英敬は、学生時代は革マル派(のシンパサイザー?)として著名な存在であった(立花隆『中核vs革マル』参照)。現在はシチュアシオニストなどを援用して社会批判もおこなうフランス文学者となっているが、東大駒場寮廃寮反対闘争では、運動弾圧の尖兵として「大活躍」した。われわれが携わってきた早稲田大学地下部室撤去反対闘争は、駒場寮闘争とも連動・連帯して闘われた。それゆえ、石田のような人物が、ネグリ・イヴェントに登場すること自体が、きわめて訝しいと感じられる。石田の登場に対して、われわれは、その問題を問う野次と罵声(といっても、おとなしいものだが)によって応えた。ところが、その時、姜尚中が「野次は止めろ、終ってからにしろ。止めないなら出て行け」と怒鳴り、それにわれわれが反論するや、こちらに歩み寄ってきて、われわれの持参したハンドマイクを持ち上げ、地べたに叩きつけたのである。この威圧的かつ「警察」的な暴挙に対して、われわれがイヴェント中も随時声をあげたことはいうまでもない。
かつて姜は、丸山真男を「『異質なるもの』に対する問題意識はほとんど伝わってこない」と批判したことがある。これは、丸山のナショナリズムにかかわって言われたもので、別段独創的なものではないが、姜の主張にもそれなりの理はある。しかし、一九六八年の東大闘争時の丸山は、最後にはブチ切れたとはいえ(それにも、それなりの理由はある)、東大全共闘とは、野次と怒号のなかで「対話」を続けていたのであり、この面での「「『異質なるもの』に対する問題意識」は、この度の姜などより、はるかにあったと言えるのである。ネグリ・イヴェントで見せた姜の「思想と行動」は、単に条理的な均質空間の維持に、官僚的に腐心しているだけであり、「六八年」の丸山真男にさえ遠く及ばない。上野千鶴子と一緒になって、「六八年」の懐古にふけっている場合ではないだろう。
イヴェント終了後、われわれグループは、再び安田講堂前で情宣活動を行いながら、姜を待った。しかし、「議論は終ってからにしろ」と言った張本人の姜は、ついに、われわれの前に姿を現さず、後に仄聞したところによれば、こっそりと別の方向へ去っていったということである。考えてみれば、最初からビラの受け取りさえ拒否し、タテカンの撤去をも考えた姜であれば、当然のことではあろう。上野千鶴子よりはマシな「皮肉」を記せば、ネグリが来なくてよかったネと言いたい。繰り返して言えば、ネグリは姜らの官僚的なイヴェント運営に、当然のことながら異をとなえただろうからである。姜らは、結果的に、ネグリ来日を阻止した日本政府に守られたとは言えないか。
イヴェント前後の情宣活動中、参加者からは賛否さまざまな意見が寄せられ、意見を交換することができた。われわれの行動を支持する意見も多く、その中には、ネグリ招聘や他のネグリ・イヴェントに携わった者も少なからず含まれる。また、「姜さんも辛い立場なんだから、手加減してやってよ」という意見も、関係スジから複数あった。ここでその内容を記す必要はないだろうが、われわれも姜のいわゆる「辛い立場」なるものは仄聞している。しかし、それは「辛い立場」であるとしても、「官僚」としてのそれであろうと認識している。そして、われわれの行動は、自身の力量不足もあって、「手加減」以上の初歩的な介入であった。
われわれの行動に対する批判として、以上のこれまでの論述がそれへの回答とはならぬものとしては、「ハンドマイクやタテカン(それに野次であろうか?)といった闘いの方法は、やり方として古い」というものが一番多かった。それについて、一言しておこう。そういう人たちは、何が「新しい」方法かを決して示さないのである(せいぜい、ネットとか馴れ合い的な議論の方向といったものだ)。いや、「古い」と批判することによって、彼らは「闘争」から逃避することを合理化しているだけではないのか。
彼らが「古い」と批判するのは、半ば以上に「異質なるもの」に対する拒絶反応ゆえであろう。もちろん、われわれが全て正しいなどと言うつもりはないが、彼らに「異質なるもの」を提示しえたということだけでも、われわれの行動の意義はあったと思う。それが単純な拒絶反応から、姜の言う「『異質なるもの』に対する問題意識」へと生成変化していくことを期待する。もちろん、われわれも、そうしたものに接し係争するよう務めていく。闘争のスタイルに古いも新しいもない。出来うるかぎり多様なスタイルを、「異質なるもの」として押し出していくことが、さしあたって必要なのではあるまいか。
最後に、もう一つ重大な報告がある。
東大のネグリ・イヴェントの三日後の四月一日には早稲田大学の入学式であり、われわれは例年どおり、抗議行動としてビラまきと情宣活動をおこなっていた。ところが、大学当局は、そこで抗議行動をおこなっていた一人の学生を突然とりかこんで拉致するや、牛込署を呼び逮捕させたのである(いわゆる常人逮捕である)。前掲HPを見てもらえば知られえるように、二〇〇六年一二月にも、文学部キャンパスにおいてビラをまいていた人間が不当逮捕されたが、今回のケースも全く同様であり、理不尽きわまりない暴挙という以外にない。このような恒常的な管理・弾圧体制は、単に早稲田だけではなく、全国の多くの大学に波及していることは周知のとおりだが、同時に、われわれが報告してきた東大のネグリ・イヴェントに見られる事態とも深く通底していると考える。
四月一日の不当逮捕については、今後、前掲HPなどにおいて迅速かつ詳細に報告していく心算である。注目し、かつ支援をお願いしたい。もちろん、本稿で批判の対象とした姜尚中や上野千鶴子といった方々にも、そのことは切にお願いする。
2008年4月1日早稲田大学入学式での不当逮捕糾弾!
全ての皆さん!またもや早稲田大学当局による許しがたい事件が起こりました。
2008年4月1日、早稲田大学記念会堂において、昨年2007年突如として早稲田大学学生部によって告示された「戸山キャンパス周辺での新歓活動全面禁止」なる措置に抗議して情宣を展開していた法学部4年学生に対して、学生部職員福田は「常人逮捕」して、牛込警察署に引き渡したのです。
「建造物侵入」ということで、彼は3日間牛込警察署に留置された後、当然ながら釈放され、現在抗議行動を最先頭で展開しています。
現役学生がサークル活動の管理強化に反対して行っていた情宣活動に対して、建造物侵入を適用する、という前代未聞の事態を絶対に許してはなりません。支援・協力・参加を訴えます。
2008年4月18日金曜日発行の「週間金曜日」に本件記事が掲載されています。早稲田大学当局は何と!本件逮捕は福田職員による常人逮捕ではなく、司法警察官による通常逮捕であると大嘘をついているとのこと。
記録を調べればすぐわかるのに。。。このような島田学生部―福田職員の虚偽を絶対に許さず、早大当局に謝罪と賠償を勝ち取っていくのでなくてはなりません。
支援・注目・参加を求めます。
また、弁護士費用などで資金が大変です。
カンパもよろしくお願いします。また続報いたします。
○2008・01・12記
以下イベント無事終了しました。
ご来場いただいた皆様、ご支援いただいた皆様、どうもありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
緊急!学生部島田陽一主導の、前代未聞の「署名受け取り拒否」弾劾!
文学学術院はビラまき逮捕の謝罪と賠償をせよ!国家ー企業のための大学作り=125周年記念事業を許さない!
早大文学部ビラまき不当逮捕二周年弾劾!島田陽一による2006年法学部「総合講座」高橋順一氏はずし弾劾!
早大文学部ビラ撒き不当逮捕2周年弾劾!「討議集会」
●[批判的学問]はいかにしてアカデミズムに牙を抜かれ、国家ー資本に馴致されていくか△ー早稲田大学の事例を端緒として◆
問題提起・参加:
絓秀実さん(近畿大学教員:文芸批評 署名呼びかけ人 元早大非常勤講師)
鵜飼哲さん(一橋大学教員:哲学 早大非常勤講師);
井土紀州さん(映画監督・脚本家 署名呼びかけ人)
ほか
2007年12月15日(土)午後6時〜(午後5時45分開場)
於:早稲田奉仕園セミナーハウス日本キリスト 教会6階「フォークトルーム」
(東京都新宿区西早稲田2-3-1;JR/東西線高田馬場駅下車徒歩13分;東西線早稲田駅下車徒歩6分;地図→
http://www.hoshien.or.jp/map/map.html)
料金無料 カンパのみ
全ての皆さん!
ビラを撒いていただけの青年が森元孝文学学術院教員をはじめとする7,8名の教員に取り押さえられ、教員自ら導入した牛込警察署員に逮捕された事件から早2年。
とうとう早大当局は、島田陽一学生部長の下、公然と物品を強奪(トランジスタメガホン等)するだけではなく、署名の受け取りを拒否するという暴挙に出てきています。
島田を主軸とする理事会派反動教員による内部教員等に対する恐怖政治によって学内教員達も沈黙を余儀なくされています。私達は島田らの教員管理に対して、心ある教員達と連帯しながら抗議していくことが重要です。
このような恐怖政治の一方で文化左翼、カルスタ、ポスコロ、サブカル講座の増設、隆盛という珍妙な現象も見られます。
早大における専任教員の「ビラ撒き逮捕」に対する「反応の鈍さ」にはある種の正当化のパターンが見られ、そしてそれは日本=世界において「批判的学問」「カウンターカルチャー」がアカデミズム、資本に換骨奪胎され、「向こう側」の道具に成り果ててしまうパターンのある種わかりやすい例ともいえます。このあたりを、なんとかするために私達は、この間の議論をふまえ、更に学内外の方々と連帯を深めていくために、上記の要領で討議集会を開催します。皆さん、ふるってご参加いただければ幸いです。
鵜飼哲さんは、早大法学部の「総合講座」を本年受け持っておられます。早大法学部「総合講座」において、島田陽一(当時法学部教務担当教務主任)が高橋順一氏を排除した問題(2005年度高橋氏は法学部総合講座の講師を受け持ち、次年度も継続が予定されていた。しかし当時コーディネーターをしていた弓削尚子氏の頭越しに、島田陽一は直接高橋氏を呼び出し、「○○[立ち入り禁止被処分者]のような不法分子とつきあっている人間を法学部で教えさせるわけにはいかない」と通告し、高橋氏は2006年度総合講座の講師を担当することはできなかった)は、総長理事会の学生消費者主義に則ったカルチャースクール路線の上で「批判的学問」を志向することの限界を明確に指し示しています。
前回 同じく法学部非常勤講師として「総合講座」講師に招聘された米谷匡史さんをお招きし、意義深い討議ができました。(議事録下に)
今回 その地平を踏まえ、現在法学部「総合講座」講師をやられている鵜飼哲さんをパネリストにお招きしました。
鵜飼さんは、パレスチナ問題・日の丸君が代問題・民族学校差別の問題などで活発に発言し、つい最近も早稲田大学構内において改憲問題についての講演会を(高橋順一氏、守中高明氏とともに)行ったばかりです。そうした鵜飼さんの問題意識をも踏まえて、日本=世界=早稲田をつらぬいて ビラ撒き不当逮捕の意味を深く考察し、今後の闘争の一助とできればいいと思います。
皆さんの多くの参加、発言によって活発な議論が展開できれば幸いです。
○2007年11月22日(木)
先日の署名提出行動において、学生部の許しがたい方針転換が明らかにされた。
「式典妨害、威力業務妨害をするような団体の署名は受け取らない。これは島田陽一学生部長の強い意向である。」福田職員談。
島田学生部はとうとう早稲田125周年の歴史の中でも類を見ない「署名の『受け取り』自体」を拒絶する、という暴挙に打って出てきた。今後さらに倍加する抗議の声を集めていくとともに、直接島田の研究室・授業、そして白井総長・田島文学学術院長・森元孝らのもとに抗議署名を届けていかなければならない。
今日は正午から怒りをこめて文学部で情宣。秋晴れの下、ビラはけもよかったす。
またもや文学部事務長、上野学生担当教務主任、法学部学生担当教務主任今関氏、法学部職員らによる情宣妨害。
午後1時、新学生会館前に移動して抗議行動。
法学部生C君、不当逮捕当該を先頭に新学生会館地下に向かう。島田に抗議の声をぶつけるために。学生課奥にある学生部長室に向かおうとする我々に襲いかかる福田・松井・鈴木ら暴力職員ども。またもやトランジスタメガホンは強奪され、C君や逮捕当該は人権無視のごぼう抜き。
その後、トランジスタメガホンを返すように要求しても、「知らない」などと嘘をつく始末。
学生会館前で再度の怒りをこめた集会・アピール、シュプレヒコール。
○2007年10月21日(日曜日)
○
国家―財界のための大学つくり 自殺者三万人を下支え 今も昔も戦争協力隠蔽
茶番と欺瞞に塗り固められた「125周年記念式典」抗議行動・情宣報告
○
福田首相に抗議の声は届かず。残念!早大当局による組織的窃盗行為、暴行を許さない!
10月21日、白井総長主導による早大改革を賛美するイベントである早大125周年記念式典が行われた。
午前8時、早大当局がハクをつけるためによんだ世界『主要』大学学長、福田首相、海部元首相らが集う記念会堂に情宣に向かおうとした我々を、えんじのパーカーを着た集団が取り囲んだ。
「なんだ!?なんだ!?」総務部・学生部率いる学内各部局から動員されてきた職員のにわか警備隊だ。完全に道をふさがれて、我々は記念街道に辿り着くことすら出来ない
しかたなく、大隈講堂前に移動して情宣。
のってきたところで、かけつけてきた職員警備隊が襲撃。横断幕は引きちぎられ、メガホンは奪われる。ごぼう抜きされまいと必死に抵抗する我々の仲間の一人は、何十人もの職員達にひきずられ、ズボンとパンツを脱がされてしまった。
あわれC君は125周年の祝賀ムードにふさわしくないものをさらけ出す。
自らの暴力性を公衆の面前にさらけだしてしまった職員達はあわてて脱がせたパンツをはかせようとする。滑稽極まりなし。
そのかたわらで別の職員がこっそり拡声器・横断幕・びらを盗み出す。。
125は早稲田の宣伝をするハレの日なので、人前でおおっぴらに罵声をあびせかけたり、学生をごぼう抜きにしてパンツを脱がせたりはやはりはばかられるのだろう、人が多くなってくると、彼らは方針転換し、。我々の横に張り付いてビラまきを周りで監視。
さっぱり盛り上がらず白けきったイベントに辟易し始めた群集は我々のビラを次々と手にとっていく。苦虫を噛み潰す職員達。
○
環境破壊の125個の鳩風船が、ナンセンスの声に舞った
やがて記念会堂から南門商店街、学内を通ってチアガールを先頭に白井総長、世界学長らがパレードして大隈講堂前にやってきた。
フジサンケイグループと早大当局の広告塔として名高いフジテレビの下平アナ(奥島―元総長―ゼミ出身!)。が司会で、大隈講堂前セレモニー。世界の学長がずらりと並ぶ中、白井の「第二の建学」宣言。「ナンセンス!」力強い声が響きわたる。
125個の鳩の形をした風船が放たれる、という「サプライズ」。
何でも「環境にやさしい素材で出来ている」風船だそうで、自動的に太陽光線で溶けてなくなるという。その素材を工場で、電力を豊富に使って製作すること自体がそもそも環境破壊。
このくだらないイベントに数千万の金を投じて、白井は何をしようというのだろう。
タモリやゴスペラーズなどの有名OBなどが呼ばれ、またゴスペラーズ作曲の新応援歌なども披露され、「素晴らしいワセダ」をただひたすら賛美。
彼らが賛美している早稲田の125周年とは、先日発覚した商学部のサラ金研究所との癒着疑惑に象徴されているように、ひたすら国家―財界の要求する人材要請に無批判に応えていくものでしかないのだ。
○
御用学生、バンカラ爺さんにたしなめられるの巻
夜になり、イベントも佳境にはいる。125プロジェクトの学生チーム代表による挨拶が行われた。早稲田を翼賛し、当局の飼い犬となることを恥じもせずに堂々と訴える代表に対し、場内から「御用学生!ふざけるな!」の野次が飛ぶ。この代表も思えばかわいそうな人である。このように学生をあめとむちで教育し、飼いならしていく当局、許しがたい。
笑ったのが、途中、ゲスト参加のOBに最近の学生へのアドバイスを、というコーナーで、「最近の学生は勉強しすぎ」「ルールに従順で野趣がない、おもしろみがない、ルールは破るためにある」と発言していたことだ。そもそもサークル自治、部室を暴力的に破壊し、学生・サークル員のみならず教職員にまで物言えぬファッショ体制を強いている白井総長―島田学生部長が、御用学生を表に立てて運営するイベントで、これを言うことの茶番。
あせった顔の実行委員長池田雄一郎と苦笑する島田陽一学生部長こそが今回のイベントの欺瞞性を端的に示していたといえよう。
イベントの終わり、引いていく人の波にあわせて我々は最後の力を振り絞ってびらまき。当局の規制をはねのけ、拡声器を使って、抗議の声をとどろかせる。イベントが終わって、少し熱のさめた人々が、帰り際にわれもわれもとビラを貰っていってくれる。
早大当局は、本式典の準備、本番の全過程で、早稲田建学以来125周年の歴史をひたすら美化することに努めていた。
かつて戦争協力にひた走り、軍部に追随して学徒動員に協力した過去に対する何の反省もなく、「出陣学徒壮行早慶戦」=「最後の早慶戦」という涙物語にこれを矮小化することまで行って。
戦後もその戦争責任を反省することなく、欺瞞的にリベラルなポーズをとることはあるが、基本的に時の政権・財界の意に沿って「改革」なるものを行ってきたという、その体質には何ら変わりがない。
奥島・白井総長体制下になると、、早大当局は怪しげなフォーラムのようなものを立ち上げ、現参院議員のイラク自衛隊派遣隊長の佐藤正久を講師に招こうとしたり、さらに大隈塾なる怪しげな機関まででっち上げて、なんと竹中平蔵・御手洗現経団連会長まで招聘し、「ネキストリーダーの養成」とか言われるものにつとめている有様。現在彼らは、自殺者三万人の格差社会を作り上げた張本人と見なされ、今なお人を人とも思わない発言でみんなの怨嗟の対象になっているというのに…。
125周年記念式典はこのような国家・企業の要請に無批判に追随して進められている反動的早大改革を賛美し、宣伝するために行われたものだ。
私達は、この抗議の情宣をする事で翼賛イベントに水を差し、早大の125年の血塗られた歴史を暴き出して、125周年記念事業の問題性を訴えることができた。そんな我々に対し、当局側は職員を大量動員し、拡声器を強奪したり、びらをまく人間を暴力的にごぼう抜きにしたりとむちゃくちゃな弾圧を仕掛けてきた。びらをまいて情宣活動を行うというだけの人たちを、どうしてこのように排除しようとするのか。
○
ビラまき不当逮捕など全てを賛美隠蔽する「125周年」を許さない!
当局は、来場者に対し、批判の声があがっているということを押し隠さなければならないほど追い詰められているのだ。自らの体制の抱える問題について気づかれたら、あっという間に世間の評価が下がってしまう。そのことを自覚しているからこそこのようなむちゃくちゃな弾圧を仕掛けてきたのだ。
みなさん!白井当局は追い詰められている。このように暴力に訴えなければ批判の声を抑えられないほど、翼賛イベントでごまかさなければ生き残っていけないほど、矛盾が噴出しているのだ!会場で弾圧を受ける我々に対し、多くの来場者の方々が共感し、飛ぶようにビラがはけていった。「早稲田は赤福とおんなじよ!」批判の声を寄せてくれる方々も何人も居た。我々は125周年記念日に情宣をする事で、翼賛イベントに来場した人々に125の問題を知ってもらう事が出来た。この成果を無駄にすることなく私達はこれからも白井当局のウルトラ管理強化体制をぶち壊し、反動的な早大再編を粉砕するべく抗議の陣形を固めてゆく。白井学内ファッショ体制に対し、共に闘おう!
○2007年10月20日土曜日
今日は明日21日の「125周年記念式典」に先立って「ホームカミングデー」なるものが早大本部キャンパスで開催された。
毎年行われているこのイベントは、要はOB・OGに同窓会気分を味あわせ、早大の反動的再編のための資金を募金させようというもの。
当然にも正門前で昼休み情宣。大きく張られた横断幕がOBOGの注目を集める。
多くのOBOG達から励まし、現行早稲田白井体制への不満の声をいただき、有意義な討議ができました。
例によって学生生活課長諸橋、学生生活課員福田らが妨害行為。当初福田は横断幕を強奪し、持ち去ろうとした。当然にもわれわれの仲間が取り返す。
その後も妨害に負けず、情宣を貫徹した。その過程で重大事件「早稲田大学学生生活課職員 福田による窃盗未遂」が起きた。(下記参照)
福田職員は「大きな口が叩けるのも今のうちだ。明日は留置場だぜ」などとまたもや許しがたい暴言を吐き、我々の抗議活動を萎縮させようと試みた。
このような惨めな脅しを彼らがすればするほど、闘いへの意欲は巻き上がらざるを得ない。
明日も断固として情宣・抗議行動を貫徹していく所存である。すべての皆さんの参加・支援・協力を求めていきたい。
◎※重要 「早稲田大学学生生活課職員 福田による窃盗未遂事件及び窃盗疑惑に関して」
2007年10月20日土曜日午後0時30分頃、早稲田大学正門前付近において、極めて遺憾な事件が発生した。
125周年記念事業の問題性を幅広いOBOGなどにも知らしめるため、我々は情宣活動を行っていた。と、諸橋学生生活課長以下数名の職員が妨害にやってきて、横断幕を取り去り、福田職員と警備員がこれも強奪しようとしたが、取り返した。
その後、諸橋職員は我々に対して「いたちごっこになるからしまっとけよ」と言い、我々も一旦横断幕を袋にしまった。
その後しばらく、小康状態が続き、我々は少し離れた職員らの監視のもと 情宣活動を続けていた。すると福田職員が我々に気づかれないように、横断幕の入った袋を持ち去ろうとしたのを発見し、摘発し、袋をとりかえした。
諸橋課長に抗議すると、「(福田に)言っておく」由答えたが、福田は狼狽し、「大学くんな、あんなのごみだ、ごみを捨てただけだ」などと答えにならない「逆切れ」に終始した。
この間、我々の周囲でものがなぜが突然なくなるーそれも学生課がきた後にー事件が多発している。例を挙げれば、トランジスタメガホン・カセットコンロなどである。
福田職員の関与が従来から疑われていたが、(一部は目撃証言もあった)確証がないため我々はその疑念の発表を控えていた。
だがしかし、本日福田職員による明確な窃盗未遂の現場を押さえた。
今までの不審な物品喪失に関しても、福田職員によるものである可能性が極めて濃い。ここにこの窃盗未遂及び窃盗疑惑を公表するとともに、今後福田職員及びこのような犯罪行為を組織的に許容していた早大学生部・早大理事会の責任を追及していく。
本日、大隈銅像前で情宣していた早大法学部三年生が近くに置いていたリュックサックも同様に福田を含む学生生活課職員らの妨害(たて看板は白昼堂々強奪された)の後、なぜかなくなっていた。このリュックサックの中にはクラス入りで集められた署名用紙等極めて重要な物品が含まれている。
福田職員以下学生部はもしもこのリュックサックも持ち去っているとするならば、今からでも遅くないので正直に申し出て謝罪と賠償をするべきだと考えます。
また呼びかけなどいたします。次号にて。
○07年10月17日(水)
125周年記念事業の一環として行われた大隈講堂での緒形拳の一人芝居で情宣。若干職員の嫌がらせにあうも貫徹。
ソフトな文化的色彩でいくら隠蔽しようとしても、彼らの悲惨陰惨な強権的かつ国家ー文科省と財界の意に付き従った再編=125周年の問題性は明らかである。
理事会は内外からの批判の高まりを、21日のイベントを頂点とする翼賛的「記念」ムードで欺瞞的に乗り切ろうとしている。
このような目論見を断じて許すわけにはいかない。
正門前に高々と今なお掲げられている立ち入り禁止の実名をこそ、「世界学長」はしっかりと見つめるべきだ。(世界学長会議なるものの面々が21日に早稲田に集結するという)
◎07年04月01日シンポジウム採録
ますます自暴自棄の迷路に入り込んでいる早大当局による「125周年記念事業」を中核とする「改革」を許さない陣形をさらに強化していくために、
2007年4月1日に行われたシンポジウムの記録を掲載します。
現在の大学ー社会をめぐる重要問題について非常に刺激的な討議が交わされています。
今後、ーこれを見ている皆さんを含めーともに討議を深め、更なる闘争の深化・拡大を勝ち取っていきたいと考えます。
2007年4月1日午後6時30分~於:西早稲田パフスペース
シンポジウム「地獄の早稲田へwelcome!早大「改革」=125周年
記念事業を許すな!
ビラまき逮捕、処分策動、[リベラル〕教員のへたれぶり等の腐った
早稲田の実体を告発し、大学 と社会の現在と未来を撃つシンポジ
ウム」記録
パネリスト:絓秀実《近畿大学教員、早大元教員、文芸批評家》、宮沢章夫《劇作家、早大元教員》、米谷匡史《東京外国語大学教員、日本思想史》、井土紀州《映画監督・脚本家》
発言者:中山健介(早大大学院生)、青木純一(文芸批評家)、早大法学部生C(ビラまきによって不当な処分策動をかけられている学生)、安里ミゲル(詩人)、池田雄一(文芸批評家)、木村建哉(成城大学教員、映画学)
司会:花咲政之輔(2001・7・31早大立ち入り禁止被処分者)
○070401新歓活動禁止ー早大管理強化とビラまき不当逮捕
花咲政之輔《以下花咲》 では、始めたいと思います。まず、本日(4月1日)の行動にも参加された絓秀実さんから、感想などもふくめて報告していただきたい。
絓秀実《以下絓》 ぼくは、事情で途中から参加したので、その上でお聞きください。本日は早稲田大学の入学式ということで、当局は前々から、門前ではビラを撒かせないとアナウンスしてきており、実際、警察官を導入して、一種の戒厳令をひいてきたわけですね。これは、昨年までの、それなりに自由に新歓ビラを撒かせていた「自由な早稲田の伝統」を大きく逸脱する対応にほかならない。われわれは、もちろん「早稲田の伝統」などというものを信じているわけではありませんが、やはり、大きな反動的転回と言わざるをえません。当局は、この転回の理由として、早稲田実業から斉藤祐樹投手が入学するので混乱が予想される、などと言っているようですが、もちろん詭弁に過ぎない。かつて広末涼子を入学させたりしたことからも知られるように、早稲田は(と言うか、今日の多くの大学は)、或る意味では「混乱」を自ら求めているからです。そういった「混乱」=スキャンダルなら、大歓迎なはずなのです。当局が忌避しようとしている混乱は、別種の、つまり今日の大学のありかたに異議を唱える者たちがもたらす混乱です。それは、後に花咲さんから詳しく説明があるかと思いますが、直接には、2001年のサークル部室撤去反対闘争に端を発した校友3名に対する構内立入禁止処分(これは、いまだに解けていない)反対闘争であり、そのなかで起こった2005年年12月の警官導入によるビラ撒き不当逮捕と、それに対するわれわれの持続的な闘争がもたらす混乱にほかならないわけです。
このような当局の対応に対して、当該諸君は、文字通り身をもって闘ってきたし、本日の戦いも、そうであったと思います。それは、これから上映する本日のドキュメント(ヴィデオ)をご覧になっても、お分かりでしょう。一つ特筆すべきは、現在行われている東京都知事選に立候補している外山恒一(前衛政治家)候補が、われわれの支援も兼ねて駆けつけてくれたことです。外山くんとは、われわれと意見の相違を認めつつ相互に共闘関係にもあるわけですが、選挙運動の一環として早稲田に登場し、「学生なら、学生らしく学生運動をせよ」と新入生や父兄に訴えました。ご存知のように、都知事候補というのは、公職選挙法上、どこでも自由に街頭選挙演説ができるわけですね。外山くんの登場のために、動員された警官は警備を中断せざるをえず、われわれを排除しようとしていた教職員たちもわれわれへの妨害を中止することを警官から求められ、シブシブ傍観せざるをえないという、興味深い空間が現出したのです。外山くんは文学部キャンパスの正門前に登場し、堂々と、われわれへの支援(それは、外山くんの選挙での主張でもあるわけですが)を訴え、われわれは新入生たちにビラを撒いた。一瞬ではありますが、大学が求める「管理空間」に対する風穴があけられたと言えます。そのことも含め、本日の闘争は、なかなか有意義なものであったと思いました。
花咲 では、自由にトークしていただきたいと思います。2005年の12月20日にそこにいる彼が文学部キャンパスでビラをまいていたところ、7、8人の教員に拘束されて牛込警察署に突き出され、
9日間拘留されるという事件がありました。そのことに抗議する様々な追及行動や、日常的には情宣・署名集めという活動を最近は中心にやっています。
若干背景を説明いたしますと、2001年の7月31日に早大当局による部室の強制封鎖に反 対する比較的大規模の抗議行動、集会がありました。当時、本部キャンパスに300ぐらいのサークル部室が存在していまして、それを強制的に封鎖して新学生会館に移行するということがありまして、これに対して、僕自身は1号館地下管理委員会に所属していたので反対運動をしていました。ここにいらっしゃる絓秀実さんなどは当時は非常勤講師で早稲田で教えていらっしゃったので、いろいろとご支援いただきました。7月31日は人も多く集まって、結果的に早大当局の部室封鎖を実力で阻止することに成功した。そのことに対する報復的な措置として、私を含む3名が構内立入禁止ということになっていて、いまだに実名を公表して立入禁止と書かれた立看板が立っているという状態です。それからは主にこの立入禁止に関して撤回要求をしています。その3名のうちの1名が、学部時代に教職を目指して教職課程の単位を8割ぐらいとっていたということもあり、教育学部に申請をしたのですが、立入禁止なので教職の授業を受けられないことを理由に受理しないということがありまして、これについては教育学部の学生担当主任が高橋順一という比較的「リベラル」な人でしたので、団交を学内でやることができ、確認書を交わすことができました。お配りした資料の8ページに当時教育学部学生担当教務主任であった高橋順一氏と我々との間に交わされた確認書というのが載っています。これに対して、現学生部長の法学部教員の島田陽一という人間が、高橋はけしからん、ということで、正式な学内文書として教育学部長宛に高橋氏への謝罪要求を送りつけ、非常なプレッシャーをかけてきた。
【宮沢章夫氏登場】
花咲 このことにも示されるように、教員に対する本部理事会からくる圧力というのが非常に高まってきて、いまはそれが極まった感があります。2001年7月31日にここにいる絓さんをはじめ一緒に泊まりこんだ教員に対して、法学部などでは学部教授会で糾弾、その集会に何人かの教授がいる様子をビデオで撮って教授会で映し、「こいつはこんなことをしている」ということで、謝罪要求−吊るし上げをやっていくというようなことが各学部で起こっています。
政経学部の高橋世織さんがセクハラで解雇、それも教授会決議で解雇された事件は大きい。この事件は最大限に理事会サイドに利用され、いわゆる従来の「反理事会」リベラル教員達を管理統制する格好の材料になっています。
そういう流れもあって、今や早稲田大学においてはいわゆるリベラル教員がビビって何も言えないような状況になっています。このあたり、大学によっていろいろあるかと思いますが、あとでご報告、討議などしていきたいと思います。今日は4月1日ということで昼間に入学式情宣、情宣規制に対する抗議行動などやりました。まず最初に本日の、現場の状況等わかるように短めにビデオを上映させていただきます。まず、今日の午前中の映像です。
【ビデオ上映、15分】
○「リベラル」「ポスコロ・カルスタ」教員の腐敗と大学当局との密通関係
絓 当該・支援ふくめて2001年、2005年の闘争を再構築すべくやってきたわけですが、この間、いろいろな問題が出てきた。ビラまき不当逮捕の問題というのは、何度も申し上げてきたことですけれども、一見ささいな問題のように見えて実は非常に大きい問題です。現在の大学だけではなく社会全般に関わるわけですが、とりわけ大学における運動、大学という場をどうとらえていくか、ここでどう闘っていくかということは非常に大きく問われていると思います。しかしながら、当該学生等々の活動にもかかわらず膠着状態にあるというのはいろいろと理由があるわけですが、これは単に学生総体だけではなくて、大学を構成するさまざまな人々にとっても非常に重要な問題だろうと思います。しかし、学生も脆弱なわけですし、それとともに、これを許している大学当局、とりわけ、それを構成する教員、職員の問題というのがあります。僕自身も大学の教員なわけですが、早稲田の大学教員の立ち上がりの鈍さ、反応の鈍さというものは非常に大きいのではないか。これをもうちょっと大きく言えば、現代におけるカッコつきの「知識人」のあり方とも深く関わっていると思うんですね。70年代から80年代にかけてのいわゆる「知識人論」、つまり「知識人の終焉」、「知識人なんて概念は終わったんだ」というのは「68年」の帰趨ということではありますが、これは一面、正しいわけですよ。しかしながら、「知識人の終焉」という言説に対して、「そんなこと言ったって知識人は存在しているじゃないか」ということが一方では80年代、90年代を通してあったと思うんです。知識人はゾンビのごとく、存在しつづけている。それで、かつての「知識人の終焉」論はカッコに入れた形で、カッコつきの「リベラル」な発言というのは、大学の教員を中心に、いろいろなされているわけですね。学問領域でも、大学では、カルチュラル・スタディーズとかポストコロニアル・スタディーズといったかたちで、「左翼的」な言説が市民権を得ている。憲法9条だとか、現在の都知事選だとかに対する「知識人」の介入もあるわけです。現在行われている都知事選でも、石原慎太郎に対して浅野史郎を支援しよう、みたいな形で出ている人もけっこういます。民主党から旧新左翼あたりまでね。そういう形で古典的な知識人のディスクールというのが一方で復活しているというのもあると思います、弱いものかもしれませんが。早稲田の教員でも、外で「リベラル」な発言をしている人はかなりいる。
しかし、では個別具体的な早稲田での闘争に対して大学の教員はどうであったのか、とりわけ当該早稲田大学の教員はどうであったのか。
さっき花咲さんからの説明にもありましたが、早稲田のみならず大学教員に対する当局の締めつけというのはものすごくあるというのは事実です。そういうことについて発言しにくくなっているという状況は、確かにあるわけですが、しかし、そういう人たちは学外では平気で「イラク反戦」だとか「9条改憲反対」だとか言っているわけですよね。では、彼らはビラまき不当逮捕に対して何をやったのかという問題は、2年経ったいま、あらためて振り返ってみる必要があるのではないか。僕は現在早稲田の非常勤ではありませんが、これは外部の人間だから気楽に、ということではないんです。早稲田の教員は学外ではいろいろ発言している、しかし自分の足元では何も言えない、というのはどういうことなのか。2000年前後から、とりわけこの2年間、当該諸君と一緒にビラを撒きながら、門の前で行きかう、知り合いもいる教員と顔を合わせながら、つねに感じてきたことなわけです。この事件が起こってすぐ、早稲田の教員の5、6名の有志から大学当局に対する公開質問状というのがありました。これは当該のサイトにも載っていますが、これは非常に弱いものですね。当局に対して抗議をするのではなくて説明を求めるという形です。それで、一応大学当局から説明は出たわけですね。説明が出たら何も言えなくなっちゃった(笑)。これは何なんだ? と素朴に考えて疑問があるわけですが、そういう人たちには外でエラそうに何か言ってほしくないですよね。
今日は米谷さんがいらっしゃるので、米谷さん、小森陽一、市野川容孝、守中高明の共同討議を軸にした本『変成する思考』(岩波書店)を、これは早稲田大学法科学術院教授の守中さんからいただいたものなんですが(笑)、来る前に電車のなかで通読してきました。守中さんは、ぼくも尊敬する詩人で批評家ですが、でも早稲田の問題については何も発言していないんですね。本の中ではいろいろなことをおっしゃっていますが、大学では、あるいは本のなかでも大学については、一言も発していない(できない)わけです。これは実に古典的な問題で、こんなことを蒸し返すのはイヤになっちゃうことですが、68年の全共闘運動のときは、こういうことは非常にナイーヴな形で学生から言われたことです。教員に対して「おまえ、外ではエラそうなこと言っているが、学校では何やってるんだ」という言い方です。そういうナイーヴなことを、今さら言わなければならないのかな、と(笑)。あまりにナイーヴだから、僕は学生のころから教師に対して絶対に言わなかったんだけれども、ここに至って、ちょっとこれはいくらなんでもないんじゃないかというような状況が来ているのではないかというのが、僕のこの間のビラまき等々に参加しての感想です。今日は会場にも、いろいろな方が来ていらっしゃると思いますので、議論していければいいかと思います。
守中さんのことばかり言うと不公平だから、やはり、『変成する思考』に出ている小森陽一さんが中心でやっている「九条改憲反対」運動についても私見を言っておきます。ぼくは、日本の「知識人」たちが、運動を九条問題に収斂させようとしていることに、大きな疑問を持っています。九条に問題を収斂させることは「知識人」にとって、他のさまざまな問題(たとえば、自分が所属している大学の個々の問題)に目をつぶらせてくれる免罪符の役割を果たしているのではないか。そもそも、九条に問題を収斂させることは、これは米谷さんのご専門ですが、1945年の敗戦を前にして竹槍で「本土決戦」を叫んだ人たちと同じメンタリティーなんじゃないか、と思う。九条=「本土決戦」で一挙に全てが解決するという考えですね。このような考えが、「知識人」の愚民化を進行させている。誤解を恐れずに言えば、九条なんて、アメリカから見ればちいさな問題ですよ。もっと、やらなければならない問題は一杯ある。たとえば小森さんや市野川さんにとっては、かつて東大駒場寮廃寮問題は、そうした問題だったんじゃないでしょうか。
花咲 それでは、宮沢さん、お願いします。
○早大文学部による謀略と大学における「演劇教育」
宮沢章夫《以下宮沢》 僕は昨日までは早稲田の教員だったんですね(笑)。今日からは外部の人間なんですけれども、僕は新学生会館が計画されるにあたって学生のなかで反対運動があったというのは伝聞では聞いていましたけれども、ほとんど具体的なことは知らないまま、2年前に早稲田の客員教授で呼ばれてきました。おととしの暮れにキャンパス内でビラを配っていた青年が逮捕された出来事も僕は知らなかったんです。いまの絓さんのお話にあったような問題ももちろんあるんですけれども、素朴な言葉にすれば、倫理的に「おかしい」ということでこの運動に賛同したわけです。そのことをいまネット上の自分のブログに書いたあと、いろいろな人からメールをもらったり、それから、花咲君たちが作っている「ビラ撒き不当逮捕を許さない」のサイトを読んで、具体的に事件の状況を知ることになりました。いま話に出た教員に問題があるというは大きなことですし、僕もその一人になるわけで、どういった態度を取ればいいかは考えるべきことは多いです。というのも、たまたま客員ということで呼ばれた経緯があって、ほとんど早稲田の一連の問題についてそもそも、外部にいるという印象があるからです。
それと同時に、そうした状況を取り巻く環境を二年間早稲田で教えているあいだに僕が強く感じたのは、教員とはまたべつの、たとえば卒業生や在学生の反応です。たとえば、こうした運動に僕が賛同していることをネット上の自分のブログに書く。すると、「この運動にはあるセクトが絡んでいるのではないか、大丈夫か?」といった内容のメールが、卒業生や在学生から来るわけです。このこと自体が奇妙なんですが、べつに僕は気にもしていませんでした。仮に、あくまで仮にですが、そうであったところで、僕が賛同してコミットしようと思った運動についてはそれはほとんど関係がないわけです。つまり、大学内でビラを配っていた者が逮捕されたという事実はあきらかにあるわけだから、それをしてしまった早稲田大学の一部の教員のふるまいに対する不信感は、教員としての表明という以上に、内部にいる人間としてというより、ごく常識的に考えて持たざるをえないわけですから、そういった立場から運動にコミットしようと思ったわけです。
それから、この運動について、運動をしている学生が僕の授業に来てビラまきをするということが何度かありました。ビラ入れとアジテーションを僕は、僕の考える授業の一環としてあるべきだろう思っていました。あらゆること、こうした政治的な動きもまた、いま教えている演劇にしろ、文学のことと切り離せないと考えたからです。それで、ある日、すごくいいタイミングで早稲田大学の、教員か職員か、はっきり記憶していないんですけど、授業に行く途中の廊下で声をかけられたのは、キャンパス内で反対運動の示威行動があった日です。それに引き続き集会があった。授業に行こうと思って廊下を歩いていたら、教務課の教員だか職員2人が待ち伏せしていた。それで、「学生からあなたの授業に対して抗議の電話が学生課にあった。クラス入りしてビラを配って署名を強制されたと学生から抗議があったのだけれども、それはやめてください」と言われたんですね。しかも、そのビラを配った学生というのは、「学内出入禁止になっている人間だ」という内容だったんですけれども、その時点でもっとも最近、クラス入りしたのは、学生である法学部の彼一人しかいなかったはずなんです。花咲君は来ていないわけで、学内立ち入り禁止処分を受けた人ではあきらかにない。では、少し過去のこと、花咲君がクラス入りしたときのことで学生から電話があったとするなら、なぜ集会のある日に、やけにタイミングよく僕にそのことを注意するかひどく奇妙じゃないですか。だから、待ち伏せしているかのようなその態度もおかしいけれど、話の内容もおかしい。そもそも署名を強制されるという状態が理解できないでしょう。ちょっと考えたって、署名の強制って、どうやってやるんだろう?(笑)こう、学生の手をつかんで強引に書かせるとか(笑)、「書け」って脅迫するのか(笑)……ないですよ、普通、そんなことは。実際、そんなことはありませんでしたからね。
なんにせよ、強制される署名ってあまり多くはないし、そんな暴力的な状況は明らかにないわけです。というか、強制して署名を受けるってそれまったく意味がない。でも、仮にそう受けとめる学生がいるかもしれない。だったら説明は必要だろうと思って、「その学生に僕から説明するから誰だか教えてください」と逆に質問したんですよ。すると、「それは匿名の電話でした」と言う。そうなると、いよいよおかしいじゃないですか。そもそも、その電話自体が怪しくなるし、匿名ということで言ったらほんとにそれは学生だったのか、たしかなことがわからないまま、その電話の相手を学生課は信用したと。僕が言っていることと、では「匿名の怪しい電話」とどっちを信用するのか。
もっと言えば、それらを総合して考えると、まあ、そうは考えたくないけれど、抗議の電話があったという話がそもそも捏造だったとすら想像もされます。それで、僕に声をかけた二人がどこの部署の方だったかはっきり確認しなかったんですが、大学のある一部の人たちに対する不信感はより強くなったし、そうして運動にコミットする内部の教員を、こそこそ切り崩してゆこうとする態度にいよいよ腹立たしい思いをもちました。クラス入りがあるたびに、僕は学生にこのことは単なる早稲田における出来事ではなく、現在の社会と繋がっている話はしたんですけれども、ただ、いまお話にもありましたが、学生の関心の薄さもまた、強く感じています。みんな日常的に不満はもっているわけです。サークル活動が規制されているとか、こういうことはしてはいけないという抑圧や管理が学内できわめて強くなっている。それに対して、学生は不満をもっているけれど、そのことを何か形にするかといえば、単なる学生内の愚痴でしかない。ではそうした意識から何かしようという行動にはならない。不満のエネルギーみたいなもの、大学の管理体制への異議に対するモチベーションみたいなものをどこか抱えていながら表には出てこない状況があって、では心性としてある管理への対抗をどのように組織し動かしていったらいいのかがいま一つ見えてこない。
さらに、大学の教育について考えるとき、僕は演劇が専門ですから、大学における「演劇教育」については意識的にならざるをえないんですが、僕の演劇観のようなものから見たら、びっくりするようなことを早稲田大学はやりはじめた。それはまあ、ある大手芸能事務所、まあ、ジャニーズですけどね(笑)、そのジャニーズと一緒に舞台を作るというプロジェクトが進行する。そのことを通じて、大学で演劇について学問しようということの根本的な原理が問われなくてはいけないのではないかと思いました。いわゆる「ステージ・マネージメント」という分野が演劇の中にありますが、ジャニーズとの共同で進められたプロジェクトは、この「ステージ・マネージメント」の教育と強く結びつけられていたし、たしかに、芸能のプロであるところの大手芸能事務所と舞台を共同で作ることはある意味において、「ステージマネージメント」の教育において一定の成果はあるかもしれない。ただ、それが「芸能」との共同であるのが正しいかは疑問は持たざるをえませんでした。まあ、「芸能」であることを頑迷に否定するのは、演劇においては硬直した態度になるかもしれない。演劇の一側面として、「芸能」であることはぬぐえない側面だからです。
ただここで、問題にすべきは、「ステージマネージメント」の教育はもちろん、演劇というジャンルにおいて大きな要素を占めているとはいえ、けっして「表現」には先行しないということです。つまり、大学で演劇を、ひとつは研究分野の学問として学ぶことはありますし、早稲田だったらたとえばベケットの研究は盛んです。ただ、早稲田の限界というか環境が整備されていないこともあって、「表現の教育」はあきらかに置き去りにされている。つまり、「俳優」「演出」「劇作」といった分野になりますが、それがどういったシステムで教育ができるかはたしかに困難なんですね。するとどうしたって、教育としてシステム化されやすい「ステージマネージメント」の教育が特化されるのは必然ですが、それがジャニーズと結びつくことは、「表現の教育」からより遠ざかるように感じるし、大学として正しいとはとうてい思えない。
なにか、単に派手で、新聞にもそのことは取りあげられたように話題性はあるけれど、演劇教育として意味があるのかわからないんです。あと、余談になりますが、というか、ごくごく内輪の話ですけれど、そのジャニーズのプロジェクトに関与していた教員と二人で一つの研究室だったんですが、あるとき研究室に入ってみたら女の子が泣いていた。机で何か仕事をしながら泣いていたっていうことがあって(笑)、あとで学生に聞いたら、その学生が見たときは床に突っ伏して泣いていたっていう(笑)。これは大変なことになっているなと(笑)。それでそれから少ししてその教員がいつの間にか退職していたというわけのわからない事態が発生したんです。何かセクハラ問題が起こったのかと想像はしているんですが、まあ、これは全然関係のない話です(笑)。
その教員はまさにステージ・マネージメントを教える方でした。そちらのほうが演劇の教育としては、確かにわかりやすいといえばわかりやすい。表現というのはさまざまな演劇観の上でどう構築していくか、それを教育していくかに、今の日本の演劇教育ではならざるをえないし、そもそもスタンダードがないんですね。だから、極めて難しいところではあって教育もそれを教える演出家なりによって恣意的になってしまう。すると、学校教育の中ではステージ・マネージメントというのは計画されやすい、生産主義的に合理的に作っていきやすいものだということもあって、演劇教育に力を入れることは、早稲田ではそのまま、ステージ・マネージメントの教育方針が強化されたんだと思うんですね。
というのも、僕は早稲田に来る以前、京都造形芸術大学にいて、もちろん、ステージマネージメントの教育、研究系の演劇教育もあったけれど、中心にあったのは「表現」だったからです。早稲田ではむしろ表現を置き去りにした。これは単に演劇の教育がどうであるかという問題だけではなく、いまの大学教育そのものについても言える一つの側面なのではないかと思うんです。「表現」を教育することによって、演劇をそのジャンルとして深化する教育ではなく、あるシステム化された方法によって「ステージ・マネージメント」の教育が強化されていくとしたら、これはある種の産学協同です。圧倒的に大きな芸能事務所であるジャニーズ事務所の資本の下に大学が取り込まれて舞台を作るということが、本当に大学の名前でもってやることに意味があるのかという疑問は強く感じましたし、逆にジャニーズとしては早稲田大学の名前が使えたことが大きな価値だったのだろうと思うわけです。これはもう何かが演劇というものの本来もっている力を転倒化していることであるし、これはいまの大学のあり方そのものを表しているのだと思います。
全部はつながっているんじゃないでしょうか。最初に話したように、もっとも驚いたのは、クラス入りしてビラを配ることに対し、教員か職員かが廊下で待ち伏せしていたことですが、その陰湿なやり方の背景にあるのは、いま僕の専門領域である演劇を例に話しましたが、大学のあきらかな変質です。合理化された教育がステージマネージメントの教育を特化させたし、それは産学協同に直結する。それら全体があの待ち伏せに象徴されている印象を抱いて驚かされました。それが僕の体験と、いまここまでの話を聞いて考えたことです。
花咲 ありがとうございます。では、米谷さんからお話いただきます。
○国立大学法人への管理統制と内部ー東京外国語大学の場合
米谷匡史《以下米谷》 私は早稲田大学の内実についてはほとんどわかりません。私の勤務先は国立大学法人になった東京外国語大学ですので、そこから見える大学の変化について、私にわかる範囲のことをお話しして考えてみたいと思います。私立大学と国立大学ではだいぶ事情が違いますが、独立行政法人化して数年経つ間に、明らかに国立大学も変わってきています。ネオ・リベラリズムの嵐が吹き荒れるなかで、資本と国家の力に介入されて、大学が揺さぶられ、変わってきたことを現場でも感じています。
そのなかで、「大学空間の再開発」がいま進行しています。たとえば東大の駒場では、学生寮をつぶして新しい建物を作りましたし、早稲田大学でも新しい学生会館を作って学生の出入りを管理し、法学部ではものすごい高層ビルが建ちました。眼に見える景観の次元で、まさに大学の空間が変わってきていると思います。そこでは、カッコつきですけれども「自立」した批判・議論の場としてあったものが、だんだんと掘り崩されつつあります。市場原理を導入し、官僚の統制を強めながら、大学の「自治」「自立性」を破壊していくような圧力が強く吹き荒れていて、現場の教職員はその対応でもう精一杯
です。大学にいる左派の教員たちも、対抗できるような態勢をなかなか作れないでいるというのが現状です。
東京外大では、今度、学長が替わるんですが、これまで6年間学長だったのは池端雪 穂さんという左派の歴史家で、フィリピン革命史の専門家だった方です。しかし、彼女 も学長になってみると、当局側の視点にどうしてもなってしまって、予算削減に応じて合理化・クビ切りを平然とやるようなテクノクラートになってしまう。学長選挙の時には池端さんを支援していた組合の側でも、「これはどうもおかしい」という感じになってきたというのがここ数年です。東京外大という限られた場所から見ても、当局が市場原理を導入することによって、労働環境がはっきりと変わってきていることがわかります。
大学も、専任の教職員だけでは仕事はまかなえませんから、東京外大にも膨大な数の非常勤の教員・職