2001・7・31闘争とは何か?
                                                              


今回の事件の発端である2001年サークル部室撤去反対闘争についてご説明いたします。これはあくまで当事者の一部分の視点ですので、ひょっとしたら違った見方をされている方もいらっしゃるかもしれませんし、事実誤認もあるかもしれません。その際はご紹介させていただきますので、管理者までお知らせいただければ幸いです。


1、学内のサークルスペース
早稲田大学には、かつて大学構内に多数のサークル部室、活動スペースが存在していました。例えば西早稲田キャンパス内では、一号館、三号館、六号館、八号館、十一号館などの地下や最上階の部屋がサークルによって長年使用され、それらの連合体であるサークル協議会などによって事実上自主管理されてきました。自主管理団体は完全な合議制で運営されており、防災、盗難などのトラブル処理や各館を管理する学部との交渉を行ってきたほか、各サークルが日ごろの活動の成果を披露し、交流を深める地下祭なども開催していました。大学構内のサークルスペースは、音楽、芸術などの創作、勉強会や討論などが活発に行われる場所であったと同時に、他大生、社会人、近隣住民などにも開かれた空間でした。早稲田大学が「自由闊達」な大学であったとすれば、このような場所で長年行われてきた無数の活動によって支えられていたのではないでしょうか。

2、1995年「新学生会館」計画始動 
ところが、1995年秋、奥島孝康総長(当時)以下大学理事会は、「教育活動関連施設と課外活動関連施設の分離」の方針を掲げ、キャンパス周辺にあった第一学生会館、第二学生会館を含む全サークルスペースを封鎖して、新しく建設する「新学生会館」(2001年秋にオープン)に強制移転する計画を発表しました。当事者であるサークルや自主管理団体には何の相談もない一方的な決定、通告でした。「新学生会館」は、一つの部室が狭いおまけに大学が公認するサークル以外は入居できず、しかも一年ごとの更新が義務付けられます。ちょっと当局に逆おうものなら、謝罪文を提出し平伏しない限り翌年以降の使用が認められません(現にそういう事件も発生しています)。また、廊下などに監視カメラを多数設置し、カードキーで入退室記録を徹底的に管理するという監視体制が構築されています。学生の自主管理・自治は一切否定されているのです。学内に部室を持つ各サークル、各団体は激しく反発しましたが、奥島理事会は機動隊・警備員を多数配備した「説明会」なるものだけを開催して計画を強行しました。以来、「部室使用停止期限」とされた2001年7月31日夜までの6年間、学年をまたいで様々な反対運動が展開されました。

2、2001年7月31日

7月31日の早大構内
 
 「部室使用停止期限」の7月31日が近づくにつれ、一号館地下管理運営委員会、三号館地下サークル連絡会議、八号館地下サークル連絡会などの学生団体、OB・OGなどで結成された諸団体は学内で部室撤去に反対するシンポジウム、ティーチイン、レイブパーティなどを連日連夜開催していきました。多くの教員、学外の文化人、政治家などからも早大当局を非難する声が続々と上がりました。あまりの運動の高揚に恐怖した学生部の坂上事務部長(当時)が、有志団体Saving Circle Spacesが主催する大隈銅像前レイブパーティに乗用車で突入、『フライデー』に大きく取り上げられる事件も発生したほどです。また、早大当局は、予防弾圧的措置として、サークル自主管理団体の事務局員三名を構内立入禁止とし、東京地裁に仮処分を申請しました。このような事件を経て、7月31日、数千人規模の学生・サークル員・教員・支援者が正門、大隈講堂前、地下部室入り口等で抗議集会を開き、暴力的に部室を強制封鎖しようとする教職員・警備員と対峙し、そのたくらみを実力阻止したのです。

3、2001年8月10日〜
 
部室を強制封鎖し、警備員を配備                           抗議する学生を恫喝する教員

夏休みになってからも学生・支援者は泊り込みで部室を防衛しましたが、8月10日の朝、教職員・警備員が大挙して地下を急襲、退去を拒む学生たちを暴力的に引きずり出し、各地下を完全に封鎖しました。これで勢いづいた早大当局は、各サークルに自主管理団体を脱退するよう個別に恫喝を加え、支援教員に対する有形無形の嫌がらせを行い、運動を切り崩していきました。その後、現在に至るまで一号館地下管理運営委員会、八号館地下サークル連絡会などの諸団体は、この出来事を風化させず、あくまでサークルスペース撤去に抗議しつづける地道な活動を展開しています。なお、早大当局は、この年を境に、教職員を多数動員した露骨な集会・ビラ撒き妨害、立て看破壊などの言論・表現活動への弾圧を行うようになりました。ちょっとした情宣活動でも、文学部、法学部の一部教員がすぐさま登場し、脅しや暴力で活動を妨害することが日常化しています。学内で軽く飲酒しただけで無期停学になったり、サークル部室の使用が禁止されたりするなど、あきらかな行き過ぎ処分も行われています。

4、三校友立入禁止問題とA君教職課程登録保留問題
 3名の事務局員に対する構内立入禁止は今も続いています。もはや何の緊急性もなく、どの法律家に聞いても、立入禁止の仮処分が4年も効力を発揮していることは絶対にありえないとのことです。にもかかわらず、この3名は、構内に入ろうとしただけで警備員から排除され、図書館の利用など卒業生が当然享受できる利益を得ることができない状態におかれています。そればかりではありません。3名のうちのA君は、立入禁止のせいで未だに教職課程を終えることができずにいるのです。将来、教師になることを夢見ているA君と支援者は、教育学部に科目登録を認めるよう交渉を続けていますが、毎年、処分を理由に登録を「保留」され続けています。このように、早稲田大学は憲法が保障する教育を受ける権利すら平気で踏みにじる大学に変容してしまいました。どうしても教師の夢を捨てられないA君は、東京近郊でフリーターとして生計を立てながら早稲田大学で再び勉強できる日を心待ちにしています。 
                                                                                                                                                           
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